“Dream bigger. Dream higher.”VCインタビュー:WLOUNGE 創設者&CEO マリ・バウム氏
◉ Mali M. Baum / マリ・バウム
WLOUNGE & MAGDA GROUP 創設者&CEO。
ベルリンを拠点とするシリアル・アントレプレナー、投資家、スタートアップ・エコシステム・ビルダー。ベルリンのテック・エコシステムを中心に女性起業家と多様性の向上を支援する国際的なネットワーク「WLOUNGE」の創設者兼CEO。ファンド・オブ・ファンズ「MAGDA GROUP」設立を機に、今後はヨーロッパのテック・エコシステムの形成促進にも注力する。
テルアビブ出身。20年以上のキャリアを通じて、イスラエル、ニューヨーク、シリコンバレー、中国、ベルリンなどで複数の創業と新規事業立ち上げの実績を持つ。2019年の Digital Female Leader Awards のファイナリスト。国際的カンファレンスでの定期的な講演やスタートアップ・コンテストのメンターや審査員、複数のアクセラレーターでのメンターなど幅広く活躍。2020年からは欧州イノベーション会議(EIC)の審査員兼専門家アドバイザーも務めている。
聞き手:Chika Yamamoto / 山本知佳
CROSSBIE CEO、アジアベルリンサミット・アンバサダー。
外資系大手広告代理店 J Walter Thompson、I&S/BBDOを経てノキア入社。東京・ヘルシンキ・ロンドンで欧州向けUX開発と事業開発に従事した後、位置情報ベースのモバイル広告プラットフォーム事業立ち上げを経験。ニューヨークでEdtech創業に携わり起業家としての道を歩み始める。
2010年よりベルリン在住。2020年にCROSSBIEを設立し、日本と欧州を繋いだグローバルなオープンイノベーションやスタートアップの市場拡大を支援している。
山本知佳(以下、山本):ベルリンのスタートアップ・エコシステムにおける過去5年間の傾向や変化についてお聞かせください。
マリ・M・バウム(以下、マリ):私がアメリカやイスラエル、中国で5年前に経験したことが、現在のベルリンで起きていると感じています。
ドイツ、特にベルリンのスタートアップ・エコシステムにとって、これまでの5年間は変革期だったと思います。アメリカやイスラエルといった先進地域の成功例を取り入れながら、インフラやコミュニティ、協業支援やプラットフォームの構築が推進され、ビジネス・エコシステムが発展してきました。
欧州委員会や政府は、若い世代やテック・エコシステムが実際に必要としているニーズに対応しつつあります。もちろん完璧ではありませんが、5年前に比べれば現在の支援策は格段に向上しています。
将来性の高いスタートアップやユニコーン企業を輩出するにはエコシステムの基盤の強化が必要ですが、そのためには政府やベンチャーキャピタル、ファンドからの資金供給はもちろん、大学やスタートアップ企業などの連携が不可欠です。異なるバックグラウンドや知識、価値観を持つ組織や人材が集まることで多様性が生まれ、イノベーションの質・量が向上し市場開拓の可能性も広がります。
ここドイツでは「多様性」が非常に重要とされているものの、現在成功している創業者やVC、M&A企業の大多数は白人男性です。また、ベルリンのローカル市場はアーリーステージのスタートアップ企業にとっては十分な規模ですが、ユニコーン企業やグローバル企業として大きく成長できる環境ではありません。そうした課題も良い方向に変わりつつあります。
山本:欧州連合(EU)はエコシステムの重要性を認識していますし、間接投資による支援や法的環境の改善などを通じて各地域のエコシステムを強化しようとしています。ベルリンのエコシステムが今後グローバルに成長するには、何が必要だと思いますか?
マリ:ベルリンとドイツは、ある面では非常に成功したエコシステムです。製造業という伝統的な基幹産業があることは、スタートアップにとって試作商品やサービスをパイロット運用する際や資金調達の面で大変重要です。
しかし産業基盤が強固な分だけ、産業構造や価値観の変化には時間を要します。「ミッテルシュタンド(mittelstand)」と呼ばれる中堅・中小企業の層が厚いドイツですが、投資の観点から言えば彼らは「遅すぎる」のです。
ベルリンやドイツ国内には成功した製品や有望なユニコーン企業が既に存在していますが、それらのベンチャー企業がシリーズC以降の投資ラウンドになるとアメリカやアジアなど別の地域の市場に向かいます。資金調達の速度をあげて、グローバルに飛躍するためです。
ドイツではエンジェル投資家が2万〜5万ユーロ、時にはそれ以上を出資することもありますが、20万ユーロを超えることはありません。一方、米国やイスラエルのシードラウンドへの投資額は最低でも100万ユーロかそれ以上です。
エンジェル投資家の不足やチケットサイズ(1回の投資額)が小さいことも問題ですが、公的な融資制度も改善する必要があります。制度自体は素晴らしいのですが、スピード感がありません。
ある段階でスーパースター人材を経営陣や開発チームに迎えてより高いレベルの成長を目指すといった戦略も資金調達が出来てこそ可能となりますが、ドイツのテック・エコシステムを見る限り大多数はアーリーステージの企業で、いくつかのグローバル企業は海外からの資金調達によって成長しています。
山本:エコシステムの未熟さが問題なのでしょうか。日本のスタートアップ・エコシステムにもドイツと似たような傾向があり、他の先進地域と比較すると未だに規模が小さいのが現状です。投資規模が大きくなればエコシステムも変わると思いますか?
マリ:価値観や文化、起業意識といった「マインド」の問題だと思います。ドイツはリスク回避志向で慎重な傾向がありますが、既存産業の振興も新しい世代の育成も、どちらもお互いにとって必要だと理解することです。
私はテルアビブ出身ですが、イスラエルでは誰もが起業家精神を持っています。そうした文化や教育の中では、自然と「女性だからと受動的である必要はなく、もっと大きな夢を持って良いのだ」というマインドが生まれます。一方ドイツで私がWLOUNGEのカンファレンスなどを通じて、女性起業家らに「ロールモデルを持っていますか?」と問いかけても、「いる」と答える人はほとんどいません。
これこそがスタートアップ・エコシステム全体で取り組むべき課題だと思います。女性でも、若くても、成功出来るのだと示していくべきですし、そのために手を貸す誰かが存在するエコシステムであるべきです。
山本:リスクを取りたがらない文化という点で、ドイツと日本は似ていると思います。男性と比較すると女性は規模の小さい起業を行う傾向があるという点も共通しています。シード資金で100万ユーロを獲得することを最初から諦めるのではなく、それは実現可能な目標で、実際に成し遂げた女性起業家たちがいることを知って欲しいですよね。
マリ: 例えばニューヨークには女性が率いるスタートアップが500万ドルの資金調達をして雇用を増やしながら成長している例がたくさんありますし、イスラエルでも同様です。
私がファンド・オブ・ファンズ(FoF)を設立した理由もそこにあります。参画するVCとのネットワークをフルに活かして、より大きな投資額でシード期のベンチャー企業と女性起業家への支援を強化するためです。ドイツ国内で同様の分野を投資対象としているVCはありません。自身でファンドを設立した女性もいません。これも課題です。5年前と比べると状況は改善されつつありますが、こうした変化には時間がかかります。
山本:あなたが設立したFoF「MAGDA GROUP」について、もう少し詳しく聞かせてください。
マリ:ファンドを通じて、ベンチャー企業が初期段階からスケールまでドイツ国内にとどまれるよう、また域内の社会や経済に利益を還元できるような支援を目指しています。少なくとも10〜12のVCに対してより大きな投資をし、ベンチャー企業への直接投資も行います。
FoFの設立は、LPやミッテルシュタンドをはじめとした民間企業、政府、欧州委員会、専門家など様々なパートナーと共に、より質の高いエコシステムを構築するようなものだと捉えています。
高い成長性を秘めた有望なベンチャー企業を初期段階から見極めることができるVC、LP、アドバイザーらとの強力なネットワークを活用して、投資機会を捉えます。私が繋がりを持つアジアやアメリカなどからスマート・マネーも呼び込みます。投資対象を絞ったうえで企業を選定するので、ヨーロッパへの投資に積極的な海外投資家にとっては参入しやすいでしょう。FoFから投資が行われる各VCの投資実績は全てのパートナーに透明性を持って情報開⽰されるので、これまで以上にステークホルダー間のコミュニケーションが取りやすくなります。
山本:ターゲットはドイツのベンチャー企業でしょうか?あるいは女性起業家や女性主導チーム、多様性のある企業でしょうか?
マリ:ヨーロッパのテクノロジーと、テルアビブに投資します。女性がいる場合は彼女たちを前面に打ち出します。FoFに参画しているVCとは以前から共に仕事をしていますが、彼らは多様性のあるチームや女性主導のスタートアップに投資しています。「多様性」は私の行動指針のひとつです。WLOUNGE、リーダーシップ・プログラム、アクセラレーターのサポート、政府関連の活動などを通じて、今後も女性の活躍促進を支援していきます。
山本:サポートに関連した質問ですが、海外からベルリンに進出しようとする起業家や投資家に共通している課題などはあるのでしょうか。ベルリン州の経済振興公社「ベルリン・パートナー」を中心とした支援制度などがありますが、それだけでは解決できない課題もスタートアップには多いですよね。そうした企業が頼れるサポートには他にどのようなものがあるのでしょうか。
マリ:「ベルリン・パートナー」の支援体制は素晴らしいですが、確かに十分ではありません。ドイツへの進出を目指すスタートアップの数はとても多いですから。
私自身、WLOUNGEでの事業などを通じて、そういった「ペインポイント」はよく理解しています。企業、スタートアップ、VCなど、それぞれに違った悩みの種があります。そうした課題やニーズに応えるために、WLOUNGEでは今年から新たなサービスを始めます。
ベルリン進出に際して生じる煩雑な手続きや企業法務、最適なビジネスパートナーとのネットワーキングなど、スタートアップが抱える様々な課題を、各分野のエキスパートが実践的にサポートします。既にドイツに拠点がある企業、まだ検討段階の国外の企業など、ベルリン進出の際の窓口として是非ご相談いただきたいと思います。
山本:国内外を飛び回り、これまで多方面でビジネス・エコシステムやネットワークを築いてきたマリさんですが、そうした活動はコロナ禍に於いてどのような影響がありましたか?様々な事がオンライン中心で行われている現状には、利点も欠点もあると思うのですが。
マリ:移動や接触機会の制限のもとで断念したことは沢山あります。しかしコロナが推進した事例もありました。例えば2020年3月に実施されたロックダウンの後で、多くの事が急速にオンライン化しましたよね。おかげで「午前中はニューヨークのカンファレンスに出席して、夕方には中国のコンペに参加する」といった事がいとも簡単に、しかも楽しく出来るようになりました。オンラインでのやりとりを前提とした新しい仕事様式やプラットフォームも生まれました。
そうした中で、私個人に関して言えば、ビジネス・ネットワークを介して会った投資家やVC、インフルエンサーやその他の人々の数は、コロナ以前と比較して10倍に増えたと感じています。カンファレンスやメンタリング、審査員や登壇者としてなど、以前より多くのセッションに参加しています。リアルで行われるワークショップやミーティングはもちろん恋しいですが、ビジネスの部分のみに関して言えば、利点の方が多いです。それ以前には超多忙だった人達とも、容易に繋がれるようになりましたから。
ロックダウン以降、人々はより多くのことを共有し、より多くのことを利用できるようになり、より多くを還元しようとするようになったと感じます。投資やイノベーションについて話す際にも、持続可能性が非常に重要視されるようになりました。これはコロナがもたらしたとても良いインパクトだと言えます。
山本:コロナを機に起こった好ましい事象が、今後どのように変化していくのか興味深いですね。ところで、スタートアップ企業のデューデリジェンスについてはどうでしょうか。オンライン中心の昨今の状況では難しいのでしょうか?
マリ:スタートアップにとってはフェアな状況ではないかもしれません。投資家にとっても1日に何十件ものピッチを聞き続けることは容易ではないのですが、そうした状況でも第一印象やビジネスモデル、アイデアを判断することは可能です。実際に、ファウンダーと直接会う機会がないまま、私達にとっては過去最大規模の投資を行ったスタートアップもあります。
オンライン上のピッチだけで投資家を惹きつけ、かつ信頼関係を築くことは容易ではありません。しかし良い起業家達は、誰に会ってどのように売り込むべきかを知っていますし、迅速かつ大胆でなければならないと理解しています。
山本:そういったスタートアップは、どのようにアプローチして来るのでしょうか。FoFに関連したネットワークから紹介されるのでしょうか。それともデモデイなどで出会うのでしょうか。
マリ:ほとんどが直接コンタクトしてきますね。もちろん他の投資家やその他のネットワークを介して紹介されるケースもあります。最終的には MAGDA GROUP FoF に関連して来るのですが、WLOUNGEやコミュニティ、ネットワーク内には、紹介を通じた独自のディール・フローとキャッシュ・フローがあります。
スタートアップの多くは必ずしもVCが必要な段階ではなく、むしろアクセラレーターや助成金、VCとの繋がりや助言などを必要としている場合が多いのですが、そうしたニーズにも高いレベルで対応出来る強力なネットワークを持っているのが、良い投資家だと思います。
逆にあなたが起業家で多くの投資家がアプローチしてくるのであれば、それはとても良い兆候です。あなたの発言は業界の内外で注目されていて、投資家にとっては魅力的な存在になっているということですから。
山本:良いプロダクトを作るだけではなく、資金調達のために投資家に会うだけでもなく、起業家自身が注目されなくてはいけないということですか。
マリ:シリアル・アントレプレナーとしての経験則です。市場に何か従来と異なるものを投入しているベンチャー企業で、そのうえ創業者自身がユニークかつその分野のエキスパートであることは、投資家にとっては夢のような存在で、その会社やチーム、アイデアに投資したいと思えるのです。
山本:インフルエンサー・マーケティングとも共通する部分がありそうですね。
マリ:ある部分では。でもここでは質が重要です。こうした起業家は単にプロダクトを売りたいわけではなく、彼らのアイデアや実行力にこそ価値があるのです。
山本:その通りですね。示唆に富んだお話を聞かせていただき、ありがとうございました。